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もしドラ?江?

なにかと評判の悪い今年の大河ドラマ「江」ですが、実のところ時代考証無視の大嘘ストーリーは大した問題ではありません。

戦国時代は人がバタバタ死ぬ時代で、ぶっちゃけ現代よりも人の命が軽い。「人の命は地球より重い」と教えられている現代人では戦国時代の人の心情を恐らく理解できません。大河ドラマでは視聴者に共感してもらえなければお話になりませんので、登場人物の心理を現代人にも理解できるように翻案しているんですね。その時点で、全ての大河ドラマは時代考証無視している事になる。

「江」はそれを逆手に取って、「どうせ嘘をつくなら盛大に。ヒロインを現代日本のOLチックにしちゃえ[exclamation]」とやっているわけ。そのチャレンジ自体は面白くて今後の大河ドラマの流れを変える可能性もあったんだけど、出来上がったのがワガママ勝手を言い張るばかりで自分では何もしないし出来ないおバカではねぇ……

のだめを意識したのかもしれないけど、のだめはおバカでワガママでもピアノだけには真剣だぞ。江は何もやってないじゃん。さらにおかしいのが、このおバカなヒロインの言動が作中で重要視されている事。なんで秀吉は江に一々お伺いするの?天下人だろ江なんてあごで使える立場だろ?おバカなヒロインに唯々諾々と男どもが従うから、登場人物全てがバカに見えてくる。これじゃ、誰も話に乗れないよ。

これだけ評判悪くては来年以降は普通の大河ドラマに戻るんだろうけど、勿体無い事しましたよ……と、ここからが本題。もしドラのエントリに関して「具体的に何がまずいの?」という質問を頂いたので、ちょっと書いてみようかなと。

『もしドラ』NHK・TVアニメ・シリーズの最終回(第10話)の、見事な歌と画面構成のハーモニーッ!

普通の公立高校野球部が甲子園を目指す為には、どうしたら良いか?

まず、普通の公立高校が甲子園に行くことなどざらにある事に注意[exclamation]普通に練習してね。今年の春だと、新潟県立佐渡高校は中々の好チームでした。最後は智弁和歌山に格の差を見せつけられたけどね。

現実に起きている事をフィクションが凌駕するには、並大抵のドラマを用意しなければ感動させられない。その為の武器が、本作ではドラッカーになる……はずなんだよな。

ヒロインは、中学生になるまで本気で「大人になったらプロ野球選手になる!」事を夢見て、必死に練習し男女の体格差を埋めながらも、その差に泣きながら頑張っていました。もちろん、親友も無邪気に応援していましたし、特に親(たぶん父親)が無責任な言葉で、「上手になったらもちろんプロ選手になれる」と煽った事が、彼女を本気にさせていた……この事が、中学生になって以降、初めて〈女子はプロ選手どころか、中学でも高校でも選手として、公式試合に出場する事は出来無い!〉という、現実を知らされて、失望し絶望の挙げ句、野球そのものをこの世の何よりも嫌い、憎悪さえするようになっています。

そこから、

  1. 女である事を隠して甲子園を目指す。
  2. 高野連に規則を変更させて女子選手が甲子園を目指す。

という展開はどちらも野球漫画の定番です。NHKでもプリンセスナイン(これは2.のパターンのアニメ)とか、他にもタイトル忘れたけど1. のパターンの実写ドラマがありました。現実にもプロ目指して頑張ってる吉田エリ選手(最近どうしてるだろ?)みたいな人がいるしね。このエピソードからは、「なんだ、肝心な所で頑張りきれないヘタレか」という侮蔑しか出て来ないなぁ。

つまり、彼女はある意味で「女子高校生としては突出して、野球そのものには詳しい」という、設定を生かせるのです。

いや、詳しくないし。

そもそも、競技経験がある=競技に詳しいではありません。スポーツライターの多くは二宮清純氏を初めとして競技経験はありません。それでも、凡庸なアマ選手よりは(下手なプロ選手よりも)競技を理解していて、それを人に伝えられるからライターで飯を食っていける。

「甲子園の優勝投手はカワイイ女の子だった[exclamation&question]スッタモンダの末にプロ入りするが果たして活躍出来るのか」という小説で文壇デビューした梅田香子氏はプレー経験どころか野球部の無い都立高校出身ですが、みなみちゃんより野球に詳しかったですよ。詳しかったから同人誌で書いた論評が星野仙一氏を始めとするプロ野球選手に認められて、その時に築き上げたプロ野球選手との人脈が「勝利投手」という小説に反映されている。経験無くても本人の努力次第って事ですね。

野球に関する知識のいい加減さはいろいろあったんだけど、この時指摘した5話でのスコアブックのトンデモ解釈が典型例ではありましょう。

野球というのは2チーム間の相対評価で勝敗を決する競技。相手よりいいプレーをした方が勝つわけじゃない。相手より多くのミスをした方が負けると、そういうもの。だから、自チームの最適化だけじゃ勝てなくて(もちろん、それが一番大事なんですよ)、「相手にいかにミスさせるか」も大事。

データ上改善が見られる場合は、「自チームの向上」と同じくらい「相手チームのミス」を考慮しなければならない。それが出来ないみなみは、結局野球を理解していないんです。

別に理解してなくたって、「タッちゃん、甲子園連れてって[黒ハート]」というタイプのヒロインなら問題ないですよ。でも、本作のマネージャーは部員にアドバイスをする立場。野球を理解してない人のトンデモアドバイスなんて、真面目に野球やってる人なら普通聴きはしません。

要は「江」と問題点は一緒なんですね。ヒロインは野球から何もせずに逃げ出したダメ人間。その癖、真面目に野球をやっている選手に偉そうに時として間違ったアドバイスをする。選手の方は有りがたく受け取り、ヒロインの行動は全肯定される。こんな気色悪い世界に感動なんて出来やしない。

結局は作者の野球に関する知識不足が招いた結果だろうけどね。

ノー・バントが信条のこのチームで、そんなのアリ?かと、問うヒロインに監督は、「自己犠牲のバントは嫌いだが、(自分が出塁する為のセーフティ・バント)今のは最高のバントだ!」と、評価します。

余談ですが、この部分は海老沢泰久の野球小説「監督」のパクリです。まぁ、監督サイドを主役にすればこういうエピソードは入ってきて然るべきですが。あちこちに「これ、どこかで読んだな」というエピソードがあって、別にパクッたって構わないんだけど、劣化コピーに過ぎないのも減点対象。親友の死だって、あだち充ならもっと心を抉ってくるだろうしなぁ。

タグ:もしドラ


2011-05-21 02:04  nice!(7)  コメント(1)  トラックバック(1) 
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HINAKA

HINAKAです。

Sacchan様

わざわざ記事していただいて、ありがとうございます。
大河ドラマ「江」との対比は、非常に分かり易くて、納得できます。個人的には、日本の時代劇は、世界に誇るファンタジー(忍者や、何とか流剣術も含めて)だと思っています。

ただ、主に問題になっている事に関して、敢えて(敢えてです!基本的に立ち位置が違いますから……野球ドラマと、1人の少女の成長と自己回帰を、親友の立場を超えた最後の希望によって、達成されるという「1人の少女の物語」と考えた時に、最終回から振り返って、それ以前全9話がキッチリ機能している事を、評価する事はまったく違いますから)まず、それを言ったら身も蓋も無いのが、〈高校野球とドラッカーの「マネジメント」を結び付けるのは、カレーライスの付け合わせに、焼き塩鮭を出す〉ような、荒唐無稽に近い無理がそもそもあります。
しかし、原作がそうであり、内容はともかく、その枠組みでベストセラーになっている以上、これはもう作品として「既定の事実」としなくてはなりません。正直この時点で、この作品が成功するとは、全く思っていませんでした。

更に全10話という、1クール13話が基本となった現代アニメでも、無茶な短期決戦でどうやって、「普通の高校野球部を甲子園に導く」のか?
その結果だとしか思えないのですが、一般的には「この物語は冒頭のナレーションにもある通り、無名高校野球部が甲子園出場を勝ち取る、《サクセス・ストーリー》だろう」と思わせておいて、実際には1人の女子高生の、「成長と自己回帰を、親友が命を賭け多彩後の願い」として、成就させる。という、内容に変更した事だと思います。

実際には有り得無いというのは、野球部に於ける活動はもちろんですが、学校中の評判になるほど、何もかも上手くというという、超御都合主義に現れています。
当然、出て来るだろう反発や反論、個人的な意見の相違などは、ほぼ完全に無視され、冗談に近い処理をされています。それでも、余り気にならないのは(描かれれば気になりますが、描かれていないので、高校野球事情に詳しいか、そのような調子の良い展開には納得できない!場合だと思います)所詮、ドラッガーの解説アニメくらいに思って見ているだろう相手に、この方式は功を奏します。

要するに最後は、全て親友が自分の死期を賭けて、仕掛けたヒロインの為の物語だったと、いう点に集約されていると思います。
本人が忘れようとして、本当に忘れていた自分の野球に対する情熱と、希望。と同時に、そこで止まっていた彼女の時間を動かす事により、ヒロインが成長する事こそが、親友の目的だった。だからこそ、彼女は自分が相手に本当の気持ちを伝える前に、命が尽きる事を恐れて、彼女に「結果よりも過程を大切にして」と言い残し、さらにいよいよダメという時に、直接電話をするという暴挙に出たのだと、思っています(この2つはどちらも叶えられず、親友の命は尽きます)。

だから、この時点で彼女の物語は、終わっていたハズなのです。
しかしそれを引き留め、再び決勝戦のグラウンドに引き戻したのは、共に成長した(……事にしておいて下さい!)野球部の面々です。誰の為何の為に、今ここで必死に不利な戦いを続けているのか?
そして、その場でヒロインは〈この1年を振り返って、何を成すべきなのか!?〉を、問われているという展開に、大きく代わっていたと言う事だと、思います。ある意味で、普通の野球部の女子部員か女子マネージャーになった!?と、言えるのかも知れません。
それを描くための、撒き餌えをドラッガーとして(最初から、高校野球ドラマとしては、成り立ち得ない事は承知の上!だと、理解しています)最後に、ヒロインの自己回帰と成長に物語を集約したのだと、理解し納得しています。

今回はアニメになった為に、より幅広い人々の見られる事となり、そもそものミス・マッチの傷口が、より大きくなる事を承知の上で、敢えて異なる物語として、描いたのだと思います。
怖かったのは、原作者の反応ですが、聞くところによると大絶賛!だったそうですので、製作サイドとしては、まずはホッと一息だと思います。

大河ドラマに例えると、最近作では天璋院「篤姫」物語か前田利家と正室・芳春院「利家とまつ」物語のような、成功作では無いかと思います。
この2作とも、特に史実に拘泥せずに描いた事により、専門家や史実ファンからは圧倒的に不評でしたが、作品としては成功したと思います。

基本的に、アニメ版『もしドラ』は広く世間にドラッカーと、その著書『マネジメント』を紹介するという、主目的とそうでありながらも、女子高校生の青春物語として完結するという、アニメ化としての狙いを見事に融合させたと思っています。
少なくとも、『マネジメント』を読む人は、さらに増えるでしょうが、その内容の難解さと、膨大さから言って、直ちにこれを現場に応用しようと言う人は、無知か天才だと思います。
むしろ自己啓発や、自分批判の書と見るのが、健全だと思います。

長くなって申し訳ありませんが、最後に「スポーツ経験者が、そのスポーツの専門家では無い!」と言う事は、自身も持論としております。
ただ哀しい事に、この国では何事に付け「経験者が、専門家」という悪しき伝統が、未だに大勢を占めています。そもそも、「教えるための専門学校・養成所」のようなものが無く(サッカーには国際資格があり、それを無事終了した者以外は、プロ・サッカーのコーチにはなれないそうです)、特に野球では過去の選手としての名声を頼りに、いきなり監督就任という例が多過ぎます。

大リーグで、野茂選手が活躍したドジャース一筋の、ラソーダ監督は名将としてもしられていますが、投手としてのメジャーの実績はほとんど無いそうです。
この為に、「野球を知っている」という裏付けが無いと、そもそもの物語全体が、「野球知らずが甲子園を目指すという無謀アニメ」という解釈が、先に成立する恐れがあると思います。本来の物語と、ドラッガー理論の紹介以外は、とことん省略したい立場ならば、利用できる題材は全て、肯定的に利用したいと言う事は、大いに納得できます。
何しろ、10話で1年間を描く短期決戦ですから……。

念の為にこちらの記事も、トラック・バックさせていただきます。
一応、管理画面の修正画面で、TBの成功・失敗は分かるようになっていると、思います。
それでは、わざわざ、本当に記事にして下さり、ありがとうございます。

長文で、大変失礼致しました。


by HINAKA (2011-05-21 05:43) 

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